現在の日本における境界性パーソナリティ障害(BPD)への対策
境界性パーソナリティ障害の存在は、昔と比べて増えてきているとの指摘も多数あり、厚生労働省においても日本版治療ガイドライン作成を目指して研究班を設置するなど、看過できない問題として取り上げてきています。
(成田善弘編『境界性パーソナリティ障害の精神療法-日本版治療ガイドラインを目指して』2006年 金剛出版)
境界例について
もともと、境界例と言われる正式な診断名と言えない症例が多く報告されるようになりました。統合失調症といった精神疾患とも言えないし、ノイローゼといった神経症(現在は診断名としては使われていません)よりも重篤に思える症状に対して、つけられ始めたのでした。精神疾患とも言えないし、神経症よりも重篤であるように思われるもの、つまり「境界に存在するもの」という意味でした。
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境界例やボーダーという言葉は、今回説明している境界性パーソナリティ障害という診断名と同意として用いられることが現在は一般的になっていますが、後述するDSMのパーソナリティ障害のB群(自己愛性、演技性、反社会性、境界性)と広義に取られることもあります。現在は、統合失調症よりも気分障害との関連が強いと考えられていますが、もともとは統合失調症と神経症の間に位置すると考えられていた影響で、A群(妄想性、分裂病質、分裂病型)のパーソナリティ障害を思い浮かべる昔からの人もいるようです。実際に、かつて境界例、と言われ始めた時にはA群パーソナリティ障害を示していました。現在ではその意味するものが変わってきたといっても良いでしょう。
境界性パーソナリティ障害(BPD)の診断
一般的には、ボーダーラインと呼ばれることが多く、専門家はBPD(ビーピーディー)と呼ぶことが多いです。
境界性パーソナリティ障害の診断基準としては、アメリカ精神医学会(APA)が発行している「精神障害の診断と統計マニュアル」 (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)のことを、略してDSMと呼んでおり、その第四版で、DSM-Ⅳ-TRがあります。診断基準を以下に示します。
対人関係、自己像、感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で、成人早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。 次の5つ以上の症状があれば、境界性パーソナリティ障害と診断される。
(1)現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力 (2)人に対して、時には、理想化、賞賛し、時には、こき下しする、という両極端を揺れ動く、不安定で激しい対人関係様式 (3)同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像または自己感 (4)自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも2つの領域にわたるもの (例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い) (5)自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し (6)顕著な気分反応性による感情不安定性(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな、エピソード的に起こる強い不快気分、いらいら、または不安) (7)慢性的な空虚感 (8)不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難 (例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いの喧嘩を繰り返す) (9)一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離性症状 |
(高橋三郎、大野裕、染谷俊幸訳 『DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の分類と診断の手引き』 医学書院 参照)
パーソナリティ障害は、少し前まで人格障害と表記されていましたが、人の人格に問題があるかのような印象を与えるということで、表現の変更がされました。
DSMではなく、WHO(世界保健機関)のICD-10(国際疾病分類第10版)においては、この分類の中ではF603「情緒不安定性人格障害」の「境界型」に分類されます。
境界性パーソナリティ障害(BPD)の状態
マスターソンらによると、境界性パーソナリティ障害の人格は、強く「良い自分」と「悪い自分」に分裂(スプリッティング)しており、自らのコントロールが出来ないほど激しく入れ替わってしまうことが問題として挙げられます。前述の診断基準の(2)にあったように、他者を過大に評価し理想視(理想化)していたかと思うと、彼らが期待するような形で自分を「わかってもらえない」と察した瞬間から急にこきおろしたり激しい攻撃性を向けたり(脱価値化)する不安定さを持ち、診断基準の(1)で示されるように見捨てられないように、または自分の思うままに操ろうとする結果、他者と安定した関係が保てないのです。
(Masterson M.F. & Lieberman A.R.著 『A Therapist’s Guide to the Personality Disorders』2000年 参照)
境界性パーソナリティ障害の人は大きく二つのタイプに分けられるとも言われます。ひたすら相手に従順に合わせ、相手を待ち続けようとするタイプと、自ら積極的に相手を巻き込んでいくタイプです。後者は、「必要以上の世話を焼こうとする良い人に思うことも出来る人」でもあります。いずれにせよどちらのタイプでも、前述の良い自分・悪い自分の交代が激しく、感情の抑制が出来なくなった時の状態は似たような状態を示します。ただ、周りの人からすると、前者の従順に見えるタイプの人のほうが豹変するように見える為、対応に混乱が強く表れます。