摂食障害に悩む方の多くは、自傷的な行為を止められずに悩んでいると言える。
極端な体重減、不自然な排出といったことは、身体的な負荷を増加させ、時に危険な状態に至る。
摂食障害の原因としては、家族との関係、特に親や養育者との関係で、満たされない心が指摘されてきた。確かに、過剰なまでに相手に自分を合わせて気を使い、自分がボロボロになっていくように感じている人は多い。
また、文化的な要因をあげる人もいるし、他にも様々な原因が研究者たちにより検討されている。
いずれにせよ、自分はこれでいいんだ、となかなか思えない。そんな感覚よりも、自分の中から突き上げてくるようないてもたってもいられないような感覚を何とかしなければならない、必至な思いでもある。何とかしようとしている時に、その自分を「悪魔に変わる」と表現した人もいた。
「悪魔」にならなくても、何とかできる方法を探していった。
原因としては、確かに親子関係を含む広い対人関係・社会的要因・不安定な自己イメージなどあるが、それらの影響による状況に適合しない認知的な課題が発生しているとも言える。
原因探索が、自分の問題を明らかにすることで、問題から離れられるようになるということもあるが、原因探索に全てを注いでしまうと、問題は終わらない。
多分、原因探索も終わらない。
改善したい、改善できる、というところから手をつける。
『アディクションと家族』という学会雑誌にて、「摂食障害の治り方」という特集があったことを思い出す。
DSM-5において、DSM-Ⅳ-TRまでは研究対象として正式な診断としてはされてこなかったものが、主要な診断名として、つまり【過食性障害(Binge-Eating Disorder)】として格上げされた。
誤解を恐れずざっくり言うと、過食を繰り返しながらも、下剤や嘔吐などといった行為によってその過食をなかったものにするという行動をしていない人たちへの診断として作られたらしい。
Frances,A.は、その著書「DSM-5 精神疾患診断のエッセンス」において、この診断名を利用は避けることが、過剰診断を避けることであると指摘している。
そのことのメリットもデメリットも含め、見守っておきたいところではある。
食べすぎをコントロール出来ないことは、”病気”というのだろうか。
”病気”ということで、かつてのアルコール依存症のように本人の意志の強さの問題ではなく、治療の対象であるとされることで、問題への取り組みが進むのであれば望ましい。
ただ実際の取り組みも、いかに工夫するか、ということになる。食べ過ぎることで、悩んでいる人は決して少なくない。近年は、女性に限らず男性もダイエットに励むのである。
気合や根性ではなく、工夫を共有することで、課題を乗り越えるお手伝いとしたい。