愛着障害のある方は、好きな人とずっと一緒にいたいのに、過剰に甘えすぎて相手の負担となってしまったり、逆に反抗したり冷たすぎる態度をとってしまい関係がうまくいかなくなることが多いようです。
それはなぜでしょうか・・・。愛着障害とは乳幼児期に保護者との安定した愛着を築けなかったことで引き起こされる障害です。
例えば赤ちゃんはお腹が空いたり、おむつが濡れると泣いて知らせます。しかし、長期に渡ってその欲求が満たされないと人を信じることを諦めてしまうなどの社会的関係性の障害を残すこととなるのです。その症状として、子どもの場合は人間関係・コミュニケーションの苦手さ、衝動性や破壊的な行動、自尊心や尊敬心などの欠如がみられます。この問題を抱えたまま大人になってしまった方々の生き辛さは想像を絶します。
その愛着障害の改善に必要なものは“安全基地”です。
家庭が危険地帯(DV・虐待など)であった場合、いつも緊張状態にある自分を押し殺すしか手段がありませんでした。そんな子ども時代を経験した心を和らげてくれるものが“安全基地”なのです。全てを受け止めてくれるホッとできる場所。自分が自分のままでいいと思わせてくれる場所です。
自分やパートナーが愛着障害を抱えていると分かったら、事実を2人で受け入れ一緒に克服してください。自分や家族、社会に対して否定的な捉え方をしてきた心を認め、癒し、自己肯定感を取り戻してほしいのです。そして今まで感じていた生き辛さを少しでも生きやすくなったと感じていただきたいのです。
2人でこの困難を分かち合い歩み続けることができたなら、きっと恋愛も結婚も可能なこととなるでしょう。
恋愛・結婚を諦めるのではなく、スタートはあなたの苦しみや寂しさを話す勇気です。そのお話をお聴かせください。ゆがんでしまった認知と向き合い、新しい自分に出会いましょう。
リオ・オリンピック、甲子園と時間を見つけてはTVに向かっている人も多いはず。
優れたスポーツの演技は、美しい。
すごい、には留まらない気がする。
人がどのように、自分を輝かせるのか、人間の限界は、人が思っている以上の
ものがある気がする。
実際に、心理相談を通しても、同様の感動がある。
ただただ、それだけ。それが、とても美しい。
体操の内村選手の発言から、考えていた。
喜び、よりも幸せの方が、より深く自分の中から感じ、より深く自分の中に沁み込むのでは、と。
体験から、人は多くのことを学ぶ。
そして、人の言葉は、その教えを伝えてくれる。
ありがたい。
話は変わるが、今、当センターのカウンセラー養成の責任者としての任も負うことになり、取組みを続けさせてもらっている。
『体験セミナー』(8/20)、『マンガでやさしくわかる認知行動療法 実践セミナー』(9/3〜)も見てもらえれば嬉しいです。
私も含め、人は何かしら課題をもっていて、その課題の解決に取り組みながら
日々の生活を送っている
私は心理士なので、多くの人がそれぞれの課題に取り組むこと、そしてその取り組みを先に進めることのお手伝いをすることが仕事でもある
特に、その課題が大きく、取り組みが長期にわたる場合、課題による苦痛が大きい場合、取り組むことを避けてしまいたくなっている場合など、《支え》が必要となる
私たちのような、専門家自身を《支え》と感じてもらうようにするのか、《支え》となるようなものを探し、それを確認してもらうのか、その《支え》のあり方は、その状況や相手によって適切に変化させていくものである
そして、何よりも大切で、かつ難しいのは、《支え》を感じる力を持てるようになることだ
この《支え》を感じる力は、意識して取り組むことで、どんどん大きくなるものである
私自身、この仕事に取り組み続け、心理学という学問、初期はフロイト(私がいうのもおこがましいのだが)から、本当に沢山の、そして今現在も多くの優れた研究者や諸先輩方、同僚からの知的探求、体験の共有、更には多くの出会わせてもらった人たちと共有した時間にも、支えられている
自分以上のことは、そうできるものではないことは自覚しているが、取り組みを先に進め、つないでいきたい
一般向けに分かり易い認知行動療法の本を出したい、という想いだけは長年。
ようやく、形になりました。
近年、流行?のようなマンガと解説を交互にして、イメージし易くしたものです。
日本能率協会マネジメントセンターからの出版です。
認知行動療法のゴールは、「最終的には自分が自分の治療者になれること」となっていますが、初期または途中では、やはり人の手を借りることも必要だな、と感じることが多いものです。
何かしら、お役に立てることがあれば幸いです。
この春に開催した表記の講座、本日が最終日でした。
多くの方に参加いただき、共に学ぶ機会をもて、感謝です。
臨床として認知行動療法に取り組みながら、今回のように、その学んできたことを
お伝えしていく、という取組みからも、充実感を得られます。
今回は4回という限られた時間の講座でしたが、
「認知行動療法が表面的な対処戦略ではなく、人がどのように変化していくのかを
広く視野に入れた取組みであることを実感できた」
といった感想を頂いたのも、とても嬉しかったです。
認知行動療法は、最終的には自分で出来るようになることを目指すものです。
ただ、やはり最初は人と一緒に学ぶことで、自分の感情や感覚、体のの声をうまく、
否定せずに聴けるようになる、つまりセルフモニタリングがうまくなる、
と改めて実感しました。
また、機会を見て講座を開催していきたいと思っています。
『私って変ですか?』と質問を投げかけられました。小学生のころから友達に「変だよね」とか「変わってるよね」と言われることがあるそうです。
表現のしようがない違和感をもちながら、集団(職場・学校)の中で毎日を送っている方など、思うようにいかない事ばかりが重なり自己否定や自己嫌悪に陥ってしまい自分が変なのだろうと心を閉ざしてしまうこともあるようです。
発達しょうがいに気づかず、自分を押さえてやり過ごすことを身に付けた後には、2次障害である不登校やうつ状態などが待ち受けています。そんな苦しみに出会ってしまう前に、まず自分は何に違和感や困難さを抱いているのかに焦点を当て、自分の課題に気づくことからスタートです。
相手の機嫌が読みにくく感情のキャッチがうまくできないので、不機嫌な相手をさらに怒らせてしっまた・・・なぜだろう?
こんな感じだった場合、相手の表情や感情をキャッチする練習をしたらどうでしょうか。
上司の「簡単でいいからやっといて」の指示にものすごく簡素に処理をしたら激怒された・・・なぜだろう?
こんな感じだった場合、曖昧な表現を具体的な指示で表現してもらえるように上司にお願いする言葉を用意しておいたらどうでしょうか。
これらの準備はカウンセリングで可能です。
心の健康を手に入れ、発達しょうがいであるからこそ、人との繋がりに喜びを感じる幸せを大切にしていきたいものです。
今の自分を深く知ることで上手な自分との付き合い方を一緒に見つけましょう。そして・・・自分を好きになってあげたいですよね。
現在、認知行動療法では、様々な疾患別のアプローチを追及する流れと並行して、それら複数のアプローチを統合していこうとする流れがある。
後者の流れで、著名なものは
・アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)
・不安とうつの統一プロトコル(UP) である
どちらも興味深いものであるが、 私自身が後者の取組みを、この数年間、都内クリニックで実践しているなかで、その取組みの効果を実感している。
取組みへの動機付けから始まり、
自分が出来そうなことを確認することで、何とかなりそうだ、という実感を取り戻し、
状況を整理する枠組みを学び、
感情の意味を知り、感情への気づきの訓練を行い、
考え方の検討、
行動の検討、
ここまでで十分という人もいるのだが、更に、 苦手な感情や課題に直面しても大丈夫、となるように、 苦手なものを避けて生活しなくてもよくなるように、
暴露技法をきっちり実践練習する。
その中には、優秀な研究者たちが一生懸命考えてきたアイデアがちりばめられている。
取組むことには、デメリットも伴う。時間も費やさなければならないし、場合によっては費用的な負担もある。 しかし、取組みを具体化させることで、新しい気づきと体験を、それは新しい自己イメージにつながる。
一歩一歩、前に進みましょう。
今日は、簡単な紹介でした。
この2月27日から、私も久しぶりに認知行動慮法の講座を一般向けに開催します。 関心のある方は、是非ご参加ください。
年始から、認知行動療法に焦点を当てて、書いています。
今しばらく、認知行動療法の紹介と、発想の仕方などを書けたらと思っています。
認知行動療法では、考え方のみならず、行動の扱いはとても重要です。
行動を変化させる、これは、気合いや根性だ、と訴える人もいるでしょう。
それを否定はしません。ただ、認知行動療法では、より変化しやすい工夫を考えよう、という姿勢をもちます。
例えば、食事の買い物に行きたいのに面倒で行かずに、有り合わせでなんとかするものの後悔が続く、という人がいます。
いろいろなアイデアが浮かびます。
・何を買うのか前日に決めておく
・買い物が出来た自分に簡単なごほうびをあげる
・この取組みを人と共有して、応援してくれている人からのメッセージを目に付くところにはっておく
・買い物と一緒に、自分が行きたい場所に行くように計画する
・常日頃から、散歩など外出をする
・友達と会う機会を持つ
・安いマーケットに行けて、節約できた分は、好きなカラオケに行く
その他、無限にアイデアは広がるのでしょう。
行動を変化させる工夫、どのような行動をしたいのか、どのようにな行動と組み合わせることで、目的とする行動のハードルが下がるのか、考えてみるのです。
様々な外の機関では、認知行動療法の講座や講師も勤めてきていますが、
今年は2月から、久しぶりに当センターで認知行動療法の講座も行います。
「こころアカデミー」も隣の席の同僚が担当者なので、一緒にやっています。
世の中には、
頑張って、変えられること、
どのようにしても、変えられないこと
があります。
認知行動療法でも、それらを明らかにすることは、大切なステップのひとつです。
変えられないことを変えようと頑張り続けることは、大変です。
そして、変えようとする努力よりも、変えられないことを受け止める努力が求められます。
変えられるのに、変えられないと思い込んでしまっていることもあるかもしれません。どのように変えていけるのか、戦略が必要になってきます。
何が変えられることなのか、そして何が変えられないことなのか、
自分の考えていることを整理してみることで、自分の思いの傾向も見えてきます。
自助グループで有名な言葉で、
ニーバーの祈りがあります。
変えられないことをそのまま受け入れる落ち着きを、
変えられることを変える勇気を、
そして、
その二つの違いを見極める賢さ、私にお与えください。
というものです。
続きもあるようですが、それは省略しましょう。
今年2月からは、久しぶりに認知行動療法の講座も、東京メンタルヘルスにて開講します。
認知行動療法は、様々な技法が優れているので、そちらに目が行くことが多いようですが、実際には質問技法をその土台としています。
皆さんと学べる機会があることを、楽しみにしています。
「できない事」にぶつかることがあります。
物ごとをなかなか決断できない、
体調が悪くても休むと言えない、
三日坊主で長続きしない、などと
自分や自分の行動を否定的に見てしまう事があります。
生活の中でも料理ができないとか、自転車に乗れないとか
「できない」ことを挙げていくと結構あるものです。
フリッツ・パールズという精神科医師が
「できない」と言わずに「しない」に言いかえてみなさいと言っています。
「できない」のではなく私たちは「しない」のです。
「しないと決めている」のです。
料理ができない→料理は「しないと決めている」。
自転車に乗れない→自転車に「乗らないと決めている」。
体調悪いけど休めない→体調が悪くても「休まないと決めている」。
なかなか決断ができない→物ごとは「すぐに決断しないと決めている」。
長続きしない→「長くは続けないと決めている」
私たちは「しない」ことを自分で選択しているのであって
決して「できない」ことではないのです。
仕事が忙しい状況で、
「休む」ことを言いだせない、同僚に迷惑をかけたくない、
仕事が溜まってしまうなど
さまざまな理由をつけて「休まない」ことを決断するのです。
これにはメリットもデメリットもあります。
迷惑をかけないというメリットもありますが、
自分の体を大切にしないというデメリットがあります。
できないのではなく主体性をもって「しない」のであると分かることこそ、
自分を大切にし、メリット・デメリットを含め
自分の決断に責任を持てるのではないでしょうか。
でも、「しない(できない)」ことを辛い、苦しいと感じることもあります。
それには、「しない(できない)」を決断した背景が必ずあるはずです。
それは小さい頃の体験かもしれません。
その時にはその決断が必要なことだったのでしょう。
しかし今現在、あなたの生活にその「しない(できない)」は必要でしょうか。
そのことで苦しさ、辛さを感じているならば、
「する」あるいは「してみる」という新たな決断が必要なのかもしれませんね。
一緒に考えてませんか。