知的に能力が高く、知的訓練を十分に体験している方への支援を担当することがある。
もちろん、知的に高いからどうだ、という事があるわけではない。
その方々とお会いしていると、個別には様々だが、一定の特徴があるようにも思われる。
その人たちが受けてきた訓練は、その場で問題を処理していく能力と比例しなくもないなぁと感じることがある。それ自体、とても大切な、また高度なスキルであることは言うまでもない。
問題処理の場面において、煮詰まっても解決の糸口が出ない時に、一息入れてクールダウンしようよ、ということは良いアイデアだと思う。
ただ、この人たちは、一息入れることを「逃げる」ことと捉えてしまうのか、四つに組んでガチンコで話を詰めていこうとして、結果として力業に頼っているかのように見えることもある。いや、「逃げる」のではなく、そのガチンコの中で厳しくやりあうことの中に、楽しみを見出している人すらいるのだろうか、などとも想像してしまう。そこで、その厳しい中で正気を保っていられるか、が勝負なのかもしれない。
一息入れながらでも、ちゃんと進めるよ、と思うこの頃である。
これも、私の一専門領域である、認知行動療法で教わったこと。
小学校3年になる息子がお店でものを盗んで補導されました。幸い学校の先生も協力してくださり、また夫婦で丁寧にお詫びしたことで警察沙汰にはなりませんでした。ただ、これは今回に始まったことではなく、ここ数ヶ月で3度目のことです。さらに子どもに話を聞くと、お店の人に気づかれずに何度かものを盗んでしまっていることがわかりました。この息子の盗み癖は治るのでしょうか? それとも生まれつきのもので、息子は犯罪者になってしまうのでしょうか?
職場である女性のグループから誤解を受け、嫌われた。以来、自分の容姿についてバカにされたり、陰口をたたかれている。そのグループが気になり、職場で自分の目線がおかしくなったりする。外出もできなくなってきた。電車に乗ると異性の目が気になり、ドキドキして汗をかき苦しくなってくる。
目標を定め、それに向かって仕事を一生懸命にやる。そしてその目標を達成する。そうするとなぜかその後、自分はそれを壊したくなってしまう。
過去にあった事件のことが、いまだに思い出されて、頭が混乱していきます。
なんであんなやつのせいで、こんなに苦しみ続けないといけないんだ。
あの時、私が…としていれば、こんなことにはならなかったはずなんです。
トラウマは、苦しみが継続的なものとなってしまっている状態です。
母は自分がいい親だと思っています。たしかに世話はよくしてくれます。私の一挙手一投足に敏感に反応します。たとえばお茶などこぼした時にはサッとティッシュがでてきてあっという間に片づけてくれますし、私が何か探し物をしているようなそぶりを見せると「何か探し物?」必ず声をかけてくれます。
でも、もう私は大人です。ありがたいのですがほっといて欲しいのです。いつもいつも見張られているようで窮屈です。重たいです。
大学卒業後営業職に就いて5年たちました。成績もあがらずやる気も出ず、転職を考えています。自分には営業は向いていないと思います。でもこれといって他にやりたい仕事も浮かばずどうしたらいいのか悩んでいます。
職場のミーティングで仕事の進捗状況の報告をするのですが、課の仲間の前ですらあがってしまって声が震えます。自分の番が近づくにつれ心臓のドキドキが激しくなり、恐怖すら感じます。声が震えたり顔がひきつったりする自分が恥ずかしいです。なんとかならないものかと思ってカウンセリングを受けてみることにしました。
職場では自分は能力も技術もあり人より仕事ができる自信はあるのです。頼られているのは感じますがコミュニケーションが苦手というのもあり、あまり親しく付き合う人はいません。人と仲良くなるとか親密になるということができないのです。なんとなく人と自分は違う世界に生きている様で疎外感を感じます。
子供が幼稚園に入園しました。もともと人付き合いが得意ではないので幼稚園のママたちのお喋りの輪に入れず居心地が悪い思いをしています。子供は新しいお友達をどんどん作って楽しそうに過ごしています。子供たちは誕生日会やクリスマス会でおともだちの家におよばれすることもあるようで今から憂うつです。


















